スイスすごろく++スタートはドイツ++

計らずもドイツからスイス(ドイツ語圏)へ移住 両国の生活を比べつつサバイバル方法/学習記録をメモしていきたいと思います。

誰もいないホテルへ その②

 

上の投稿の続きです。

 

目的地についてからは、駅からホテルへ行くのみ、でした。

しかしそこは大雪。寒い...けれどもバスの中の熱気と予定外の長時間座りっぱなしのせいで、この寒さの中で体を動かしたい、という気持ちが湧いてきました。

 

でも雪が... ホテルは駅からそんなに遠くなかったと思うのでスーツケースをひきずりながらホテルへ行くか?と思ったのですが、まっすぐ水平な道を歩くなら良いですが、山の上に建っていようものなら、地図でたった徒歩10分の距離でもキツイので、公共バスで行きましょうと夫に言いました。しかし体温高めの彼はバスの中の熱気で顔が赤くなっており、またバスに乗るのは嫌だ、徒歩10分なら歩いて行けるだろう、と。

 

いや...しかし上がり坂なんてあったら、あなた大変な事になるわよ、と言ったのですが結局歩いていくことに。。私もバスの車内が暑かったのと、乗り換えやバス旅の緊張感で判断力が鈍っていたようです。

 

そのまま、グーグルマップをあてにしてホテルの方向へ歩き始めました。

...めっちゃ顔面に向かって雪降ってくるやん、、と思いつつも、もうすぐホテルだ!という嬉しさでザクザク雪の中を歩いていました。

 

そして、ここで曲がって少し坂を上がる、という所があって、今思うとそこで引き返せばよかったのですが変な興奮状態のまま上がってしまったが故に地獄が待っていました。

 

少し上がった坂の後に、反対側への坂が数十メートル続いていました。。

雪はもっと降ってくるし、私のメガネは風と雪でずり落ちて来るし、スキー用の手袋の中も一気に汗をかいてべとべと、地面は滑る滑る。。。スーツケースがなければ何とか上がって行けたと思いますが、5キロ位の重さでも上がり坂で滑る道を登っていく、というのは苦行でした。地球の物理を全身で感じてたような気にもなりました。あの傾斜であれだけの距離をいくと当然のこと負荷は5キロじゃなくなるので、興味本意で計算してみようかと思ったほどです。


大汗をかいてしまって、すると寒い、しかしコートの下はもくもくと湯気がたっているような...最悪でした。これは最悪以外の何物でもない。

 

以前書いた最悪の状況と並ぶ位に最悪でした。

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時を10分前に戻したい。タイムマシーン...タイムトラベルでも良い、頼む、ドラえもんでも誰でも良いから助けて、、と。

そしていつも通り神頼み...

 

気が付いたら私の数メートル前を歩いていた夫がいなくなっていました。

何とか死にそうになりながらも上がり切ったようです。

 

もう無理だわ。。とぜえぜえ言いながら道の真ん中に立って心拍数が下がるのを待っていたら、夫が戻って来て私のスーツケースを引っ張って上に登っていってくれました。

 

それで何とかホテルへ到着しましたが、私より30センチ背が高くて筋肉は豊富にあるであろう彼でも、最悪だった...、と言っていました。...だから公共バスで行こうって言ったんやないかい!!!うぉーーー!!!と怒りが湧いてきて、怒ったような気がします。

その後は、私は寛容な人ですキャンペーンをやっているので、一回激しく怒った後は突っ込んでいません。だって私は寛容だから...(うぉー!コノヤロー!)


ぼろぼろの状態でフロントに着いたら、電話してくれたら迎えにいったのに、と言われてました。しまった!いつもだったらホテルに迎えに来てもらってたのに、二人ともバス旅の影響で判断力が鈍りまくっていたようです… 何故どっちも気づかなかったんだ。。

 

ホテルの部屋について、濡れた髪を乾かして早速レストランへ向かいました。

朝食と夕食付のプランだったので、到着日も夕食提供があるという事だったので、レストラン閉店ギリギリに慌てて行きました。

 

レストラン側でも最後の到着客だったようで、〇〇様ですか?と名乗る前に聞かれてしまいました。指定された座席に着くと、石板?みたいなのにポスカで我が家の苗字と太陽みたいなのが描かれていました。こんな...笑 急にアットホームな笑 と思いつつ、コースメニューが出てくるレストランだったので、ゆっくり滞在した後部屋へ戻りました。

 

その日にレストランで見た宿泊客は10組位だったのですが、次の日から段々と宿泊客が減っていきました。客室が100室位あるホテルなのに、10組でも十分少ないのに、毎日減ってっいて、常時4,5組という少なさでした。

 

レストランでも朝一に夕飯のコース、何を食べます?と聞かれるようになってしまいました。宿泊客が少なすぎるので、キッチンの従業員も減らすらしく、フードロスも減らしたいし事前にプランニングをしておいて、という事だったらしいです。

 

ウェイトレスさんもやる事がないからか、気さくに話しかけてきてくれたり。

こんなに宿泊客とレストランの人の距離感が近くなるなんて...

 

毎食後は大広間にあるビリヤードをしに行きました。

誰もいないホテル状態なので、いつでもビリヤードができるのです。

そして大広間なのに私たち以外誰もいないので、ビリヤードの玉がカーンという音が響きました。

 

外を見ると相変わらず雪は降り続けていて、白銀の世界。

静かな大広間。ビリヤードのカーン、という音、そして夫が時々、大広間のグランドピアノに座って演奏する音も響きました。

 

不思議でした。大きな施設内に誰もいないのに、電気はちゃんとついていて、人が生きていける状態なんです。

 

食事の時間以外はどこを歩いても誰ともすれ違わない。こんな大きな建物の中、ぐるっと周りを見渡しても誰もいないのに、暖房はよくきいていて暖かいし、室内BGMみたいなのがほんのちょっと聞こえてくるし、誰も見当たらないのに誰かが動かして管理してるからこの大雪の中、私はここでぬくぬく過ごせるんだ...何か分からんが凄い!!と感動してしまいました笑

 

誰も見当たらないのですが、ホテル内は異様に暖かかったので、室内温度はせめてもう少し下げれないだろうか、夜も暖かすぎて汗をかいてしまったので、夏布団があれば変えて欲しいと思いフロントへ電話をしました。すると少ししてから客室係の女性が夏布団を持ってきてくれました。

 

何がきっかけか忘れたのですが、少し宿泊先の話をして、こんなに誰もいないのは普通なのか?と。オフシーズンだけどやっぱり通常よりも宿泊客は少ないらしく、彼女は外国人でスキーシーズンのみこの辺に働きにきてるらしく、今まではそれで生きてこれたけど、このまま宿泊客がこなくなると彼女もスイスに働きにくる理由がなくなる、と言っていました。

 

さらっと、重くない感じで家族もいるんだけど仕事が無くなってしまうかも...とも。

 

ホテル内のレストランのウェイターさんもウェイトレスさんも、ドイツの人でした。喋り方と高地(標準)ドイツ語で分かります。

私も外国人としてスイスで働いているけれど、レストランの人も客室係の人も外国人で、仕事があるからスイスで働けるんですよね。当たり前なんですけど。

 

あまり外に出歩くと批判もされる事もあるけれど、私たちが観光客として観光地に来なくなったら、観光業で生きてる人は仕事を失うんだな、と。失って失業手当がもらえる間は何とかなるけれど、その後に仕事が見つからないかもしれないし。家族のその後もどうなるか分からない。その影響って良くも悪くも何年も続くかもしれない。

一方で批判される行動をしながら、もう一方では誰かにとって必要な行動をしているんだな、と思いました。頭では前からわかっていた事ですが、そういう人が目の前にいると実感しやすくて、私達の世界はひとりひとり関連がないように見えても社会のサイクルの中で繋がっているよね、と。

 

まさに感染病の影響で生活が変わったんだから、周りと関連しながら生きてるのをある意味では強く実感できるのに、他の面ではなかなか実感できないものなのでしょうか。

日々の生活に追われてそんなこと気にしてられないよ、というのが一般的なのかな。

 

誰もいないホテル、あの静けさが贅沢に感じられたのでまた行ってみたいですが

同じ状況はもう二度と味わえない気がします。

 

では~

またブログにお越しいただけると嬉しいです。

 

アデー♡

 

 

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