スイスすごろく++スタートはドイツ++

計らずもドイツからスイス(ドイツ語圏)へ移住 両国の生活を比べつつサバイバル方法/学習記録をメモしていきたいと思います。

ことばの問題に隠れてるあれ

Hide and seek

 

あの~

 

海外生活、外国語で言いたいことが言えない、とか聞き取れない、とかコミュニケーションが母国語みたいにうまくいかない、とかありますけども…。

 

そこに隠れてめっちゃ重要な事がありませんか?!

 

そ、それは…感覚の違いが埋められない、ってやつ。

 

外国の言葉がペラペラに話せたって、感覚が分からなきゃ意味不明だし、共感できないことも多いし…人の気持が分からないって、結構孤独だと思うんですけど。みんながそうそう!とか言ってる感覚がずっと分からないのって、結構つらくないですか?

 

えーと、例えば。ドイツだとFreundschaft pflegenという言葉があって、お友達で居ることをケアする、みたいな感じですかね。マメに連絡して、友達で居ることをキープ。

こういうのが大事な人も多いみたいで、逆にマメに連絡しなかったり、合わなかったらもう友達じゃない、というもの。

 

ちょ、めんどくせー!!!とドイツに居るとき全開で思ってました…。

 

大人だよ、私もう…。そんな小学校低学年のめんどくさいグループの女の子みたいな事、できないんですけど。っていうか小学生時代でもやってなかったし…。

 

友達とか友情って、そういう事じゃないやん!と思うんですけど。なんか、もっと、自然と気が合って、元気にしてるかなー?みたいなんじゃないんですか?

 

もちろん人によりますけど、そもそも海外に一人で出てきた人間にこんなめんどくせーこと強要しないでくれ!と思っていました。そんな友情ならいらねーよ、と。

 

あと、カップル文化も今はもう慣れたけど、最初はずっと恋人と一緒って…

頭がおかしくなりそう、と思っていました。

 

それからドイツで苦手だったのは、とにかく文句を聞くこと。

日本でも好きじゃなかったのに、ドイツでは息を吐くように聞かされる…。

(とか言いながらこの記事が思いっきり文句なんですけどね…てへ!)

 

こんな感じで何年居ても、感覚がしっくり来ない、馴染まないことはありました。

 

最初の方は真面目に理解しようと勉めてたんですが、勉め方がどうやら間違っていたようです。なんであそこまで真面目にやったのか、と思うのですがドイツ生活に馴染むためには日本で良いと思ってきたことを捨てる、みたいな意気込みだったんです。

 

自分に嘘ついてどうすんだ、って感じなんですが、何かを取り入れるには何かを捨てる方が良いと思ってたみたいです。でも自分の感情ですからね、部屋を掃除するのとは訳が違う。好きなもの、大事なもの、苦手なもの、許せないもの、ちゃんと経験してきたものは心に残しておいて、そこにドイツ流の事を「客観的に理解するために」取り入れば良かったのに、日本での経験を嘘ついて捨て、ドイツでの苦手な経験にも嘘をついて受け入れ、ただ単に辛いだけでした。

 

まぁ、そういうなんやかんやを経ての今があるので、時間と共に馴染んでくる外国文化もありますが、ずーっと苦手なものや、嫌なものは静かにスルーするようになりました。無になります。腐ったものには魂を売らない、と決めてるので嫌な事があっても、心の中で悪い言葉でけちょんけちょんに罵った後は、もうスルーです。忘れます。

たまに思い出して、地獄へ落ちろ、このヤロー、とは思いますけども。

 

染み付いた感覚の違いを捻じ曲げようとしてはダメだと思います。

 

ちょっと逆の視点からの話も…。

ドイツの永住権を取ろうと思って、それに関わるテストを受けたんですが四択テストの問題のひとつが「車椅子に乗った男性を差別してはいけない理由は?」か何かだったんです。答えの四択の中に「車椅子に乗っているから。」と言うのがあって、それを見て逆に差別に繋がるんじゃないのか?とドイツ人に聞いたら「車椅子に乗っている人を差別してもいい、という国があるからだよ。そういう国出身の人に、それはドイツでは差別に当たる、と知ってもらわないといけないからだよ。」と言われました。

 

似たような感じで、「女性、男性、子供、どこを一番に優先しますか?」という問題もあり、なんて問題なんだ!と思ったのですが、これも、女性や子供は優先されなくて当たり前、という国があるからだよ、と言われました。

 

そう思うと、この極端な問題の答をドイツよりの考えで自然と答えられる環境で育ってきたという事は、こういう部分では日本はドイツと似ている感覚なんだな、と思いました。

 

この記事の最初の方に書いた日常的な事では、ドイツの文化と相容れない部分もあったのに、こういう一般的な感覚は同じみたいです。当たり前すぎて疑問にも思わなかったけど、確かに車椅子に乗っている人を差別しても良い、女性や子供を差別しても良い、という国から来ている人はドイツには沢山います。

 

そういう感覚の人が移民として、国に馴染んでいくのは相当大変だろうし、私から見たら差別が蔓延みたいな文化が不可思議に思えても、彼らにとっては染み付いた習慣なのであればドイツでの生活は奇妙なものになるだろうし。

 

どこが良いとか悪いとかじゃなくて、自然と染み付いた感覚をくつがえすのは本当に難しいんじゃないか、と思います。

 

この感覚の違いとの付き合い方、もっとみんな悩んでるしめんどくさいと思ってる、って自然に言っていった方が楽なんじゃないかな、と思います。かと言って、それを無理やり変える必要もないけど、私はそういうの馴染まないんだな~、と思いながら生活してるだけでもだいぶ楽になるような気がします。

私だけかも知れませんが。

 

馴染まないんだけど、まあ何とか普通に生活してますよ~、って感じで。

他にいいこともあるし。たまらなく嫌になる事もあるけど。

ま、こんな感じ、と。