スイスすごろく++スタートはドイツ++

計らずもドイツからスイス(ドイツ語圏)へ移住 両国の生活を比べつつサバイバル方法/学習記録をメモしていきたいと思います。

厄落とし的なものなのかも

Himmerod Kirche

 

友達に会いに、以前住んでいたドイツの街までいきました。

宿泊先は以前住んでいた家のすぐ近くのホテルをとりました。

 

ここのブログに何度か書いてますが、以前住んでいた街がどうしても好きになれず、むしろ早く出て行きたいという思いが強く、いろいろと動いて結果的に引っ越したのが今の住まいのあるスイス、チューリッヒ州です。

 

好きになれなかった街ではありますが、自分の住んでいた家の近辺の事は例外的に溺愛していました。

 

旧築アパート(アルトバオ)の目の前に子供達が遊べる公園があって、そこに週2日マルクトがやってきます。トラムもすぐ目の前を走っていて、公園の前に大きな教会もあるところです。

 

外国人ファミリーも多く、様々な文化がごちゃまぜな所に子供達が元気よく遊ぶ姿もあり、いつも活気のある場所でした。そしてカフェやレストランも近くにちらほらあり、小さい中に生き生きしたものが詰まった場所です。

 

ホテルの部屋から、いつも見ていた教会を見てみて、あぁ、住んでいた頃は辛いことがちょくちょくあって、もうこうなったら神頼みしかない、とよく教会を見つめていたんだった…と思い出しました。

 

こうやって帰ってきたのは、ちゃんと気に入った街に引っ越せたというお礼参りみたいなものかな?と、そんな気がしました。(教会に対して思うのも変ですが…。)

 

友達に会ったのは土曜日で、お互いもう別のところに住んでいるのに、バイバイしたら2人共この街に帰っていくような気がして変な感じがしました。

 

友達に会った後は、せっかく買い物のできる土曜日なので(日曜日は閉店)街の中心まで行って買い物をして。晴天で気持ちが良く、古い建物や自然もあって、美しく見える街なのに何で嫌だったんだろう、どうして愛せなかったんだろう?と少し切なくもなり。

でも買い物途中で、好きになれなかった理由を実感する出来事があり、あぁ、こういうのが嫌いだったんだ…。私はこんな腐った街に魂を売ってやらねーぞ!といつも怒りながら暮らしていたんだ、、と。

 

そんな事に気づいてしまい、切なさと怒りとが合わさったままホテルの部屋へ戻りました。

それから一晩寝て、日曜日の朝一にカーテンを開けて、窓越しにまた教会を見ました。

 

また良い天気だな、教会もよく見えるし良いホテルだな、と思ったところ教会から鐘の音が聞こえてきました。

 

あれ?あそこの教会から鐘の音が聞こえることなんてあったっけ?

いつも扉が閉まっていて、平日の3日、しかも2時間しか入ることができないからアクティブな教会じゃないと思ってたのに…。もしかして日曜礼拝の合図かな?と思いつつ、ずっと教会を見ていました。鐘の音がそれからもずーっと鳴り続けて、あれ?こんなに長く?と思っている間に、何だか泣けて来て、それと同時に教会の入り口の大きな扉が開いて、ゆっくりと中に入っていく人々が見えました。

 

今日、あの教会に入れるんだ!!と思って、すぐさま支度をして教会に向かいました。

住んで居る時はずっと入ってみたい、と思っていたのにいつも閉まっていて、一度たまたま平日に仕事がない時に入った事があるだけでした。

 

鐘が鳴ったと同時に礼拝が始まっていたようで、既に人が結構集まっていました。なので、目立たない端っこの席に静かに着きました。

 

無宗教だし、特に何かを信仰しているわけではないのですが、時々、外の喧騒から逃れたい時や、考えすぎて自分の癖から離れたい時などは、扉が開いてる教会を見つけた場合は、ドイツ生活ではよく入っていました。

 

そんな感じで、いつもの様に入って着席して。一時間位居ましたが、なぜか号泣しっぱなし。。。

お話を聞いて、隣人への愛、と近くに座ってる人と握手をし合った時、向かいに座ってた人も号泣していたので、一緒だわ、と少し安心しましたが…。

 

うーん。こんなに泣いて…。厄落とし的なやつか?とこれまた教会に似つかわしくない単語ですが…。

 

号泣したら、やはり何だかスッキリしました。

住んでいた時に感じていた怒りとか、悲しさとか、全部出て行った感じがしました。

同時に、当時苦しくて仕方なかった自分の気持ちを慰めてあげれた、というか。

 

そんな事をしに戻ってきた訳ではないのですが、予想外の出来事から救われた気がしました。

 

ホテルでチェックアウトした際に、レセプションの人に「良い一日を過ごしてくださいね!/Einen schönen Tag!」と言われると思っていたのですが、「良いご旅行を!/Gute Reise!」と言われて、あ、そうか、私はもうここには住んでいない人なんだ、と。

 

親しみのある地域に泊まったので、住んでいた時と同じ感覚になっていました。そっか、いま私の帰る場所はチューリッヒだ…と。

 

「良いご旅行を!/Gute Reise!」と言われて、何だかもう過去の嫌だったことは忘れて大丈夫!新しい生活=良い旅行を楽しんでね!と言われたような気にもなりました。

 

このように都合良く解釈したところで…

私の厄落とし的、旅の話を終わらせたいと思います。

 

読んで下さりありがとうございました。

 

お し ま い