スイスすごろく++スタートはドイツ++

計らずもドイツからスイス(ドイツ語圏)へ移住 両国の生活を比べつつサバイバル方法/学習記録をメモしていきたいと思います。

誰もいないホテルへ その②

 

上の投稿の続きです。

 

目的地についてからは、駅からホテルへ行くのみ、でした。

しかしそこは大雪。寒い...けれどもバスの中の熱気と予定外の長時間座りっぱなしのせいで、この寒さの中で体を動かしたい、という気持ちが湧いてきました。

 

でも雪が... ホテルは駅からそんなに遠くなかったと思うのでスーツケースをひきずりながらホテルへ行くか?と思ったのですが、まっすぐ水平な道を歩くなら良いですが、山の上に建っていようものなら、地図でたった徒歩10分の距離でもキツイので、公共バスで行きましょうと夫に言いました。しかし体温高めの彼はバスの中の熱気で顔が赤くなっており、またバスに乗るのは嫌だ、徒歩10分なら歩いて行けるだろう、と。

 

いや...しかし上がり坂なんてあったら、あなた大変な事になるわよ、と言ったのですが結局歩いていくことに。。私もバスの車内が暑かったのと、乗り換えやバス旅の緊張感で判断力が鈍っていたようです。

 

そのまま、グーグルマップをあてにしてホテルの方向へ歩き始めました。

...めっちゃ顔面に向かって雪降ってくるやん、、と思いつつも、もうすぐホテルだ!という嬉しさでザクザク雪の中を歩いていました。

 

そして、ここで曲がって少し坂を上がる、という所があって、今思うとそこで引き返せばよかったのですが変な興奮状態のまま上がってしまったが故に地獄が待っていました。

 

少し上がった坂の後に、反対側への坂が数十メートル続いていました。。

雪はもっと降ってくるし、私のメガネは風と雪でずり落ちて来るし、スキー用の手袋の中も一気に汗をかいてべとべと、地面は滑る滑る。。。スーツケースがなければ何とか上がって行けたと思いますが、5キロ位の重さでも上がり坂で滑る道を登っていく、というのは苦行でした。地球の物理を全身で感じてたような気にもなりました。あの傾斜であれだけの距離をいくと当然のこと負荷は5キロじゃなくなるので、興味本意で計算してみようかと思ったほどです。


大汗をかいてしまって、すると寒い、しかしコートの下はもくもくと湯気がたっているような...最悪でした。これは最悪以外の何物でもない。

 

以前書いた最悪の状況と並ぶ位に最悪でした。

関連記事はこちら↓

www.do-sui.com

 

時を10分前に戻したい。タイムマシーン...タイムトラベルでも良い、頼む、ドラえもんでも誰でも良いから助けて、、と。

そしていつも通り神頼み...

 

気が付いたら私の数メートル前を歩いていた夫がいなくなっていました。

何とか死にそうになりながらも上がり切ったようです。

 

もう無理だわ。。とぜえぜえ言いながら道の真ん中に立って心拍数が下がるのを待っていたら、夫が戻って来て私のスーツケースを引っ張って上に登っていってくれました。

 

それで何とかホテルへ到着しましたが、私より30センチ背が高くて筋肉は豊富にあるであろう彼でも、最悪だった...、と言っていました。...だから公共バスで行こうって言ったんやないかい!!!うぉーーー!!!と怒りが湧いてきて、怒ったような気がします。

その後は、私は寛容な人ですキャンペーンをやっているので、一回激しく怒った後は突っ込んでいません。だって私は寛容だから...(うぉー!コノヤロー!)


ぼろぼろの状態でフロントに着いたら、電話してくれたら迎えにいったのに、と言われてました。しまった!いつもだったらホテルに迎えに来てもらってたのに、二人ともバス旅の影響で判断力が鈍りまくっていたようです… 何故どっちも気づかなかったんだ。。

 

ホテルの部屋について、濡れた髪を乾かして早速レストランへ向かいました。

朝食と夕食付のプランだったので、到着日も夕食提供があるという事だったので、レストラン閉店ギリギリに慌てて行きました。

 

レストラン側でも最後の到着客だったようで、〇〇様ですか?と名乗る前に聞かれてしまいました。指定された座席に着くと、石板?みたいなのにポスカで我が家の苗字と太陽みたいなのが描かれていました。こんな...笑 急にアットホームな笑 と思いつつ、コースメニューが出てくるレストランだったので、ゆっくり滞在した後部屋へ戻りました。

 

その日にレストランで見た宿泊客は10組位だったのですが、次の日から段々と宿泊客が減っていきました。客室が100室位あるホテルなのに、10組でも十分少ないのに、毎日減ってっいて、常時4,5組という少なさでした。

 

レストランでも朝一に夕飯のコース、何を食べます?と聞かれるようになってしまいました。宿泊客が少なすぎるので、キッチンの従業員も減らすらしく、フードロスも減らしたいし事前にプランニングをしておいて、という事だったらしいです。

 

ウェイトレスさんもやる事がないからか、気さくに話しかけてきてくれたり。

こんなに宿泊客とレストランの人の距離感が近くなるなんて...

 

毎食後は大広間にあるビリヤードをしに行きました。

誰もいないホテル状態なので、いつでもビリヤードができるのです。

そして大広間なのに私たち以外誰もいないので、ビリヤードの玉がカーンという音が響きました。

 

外を見ると相変わらず雪は降り続けていて、白銀の世界。

静かな大広間。ビリヤードのカーン、という音、そして夫が時々、大広間のグランドピアノに座って演奏する音も響きました。

 

不思議でした。大きな施設内に誰もいないのに、電気はちゃんとついていて、人が生きていける状態なんです。

 

食事の時間以外はどこを歩いても誰ともすれ違わない。こんな大きな建物の中、ぐるっと周りを見渡しても誰もいないのに、暖房はよくきいていて暖かいし、室内BGMみたいなのがほんのちょっと聞こえてくるし、誰も見当たらないのに誰かが動かして管理してるからこの大雪の中、私はここでぬくぬく過ごせるんだ...何か分からんが凄い!!と感動してしまいました笑

 

誰も見当たらないのですが、ホテル内は異様に暖かかったので、室内温度はせめてもう少し下げれないだろうか、夜も暖かすぎて汗をかいてしまったので、夏布団があれば変えて欲しいと思いフロントへ電話をしました。すると少ししてから客室係の女性が夏布団を持ってきてくれました。

 

何がきっかけか忘れたのですが、少し宿泊先の話をして、こんなに誰もいないのは普通なのか?と。オフシーズンだけどやっぱり通常よりも宿泊客は少ないらしく、彼女は外国人でスキーシーズンのみこの辺に働きにきてるらしく、今まではそれで生きてこれたけど、このまま宿泊客がこなくなると彼女もスイスに働きにくる理由がなくなる、と言っていました。

 

さらっと、重くない感じで家族もいるんだけど仕事が無くなってしまうかも...とも。

 

ホテル内のレストランのウェイターさんもウェイトレスさんも、ドイツの人でした。喋り方と高地(標準)ドイツ語で分かります。

私も外国人としてスイスで働いているけれど、レストランの人も客室係の人も外国人で、仕事があるからスイスで働けるんですよね。当たり前なんですけど。

 

あまり外に出歩くと批判もされる事もあるけれど、私たちが観光客として観光地に来なくなったら、観光業で生きてる人は仕事を失うんだな、と。失って失業手当がもらえる間は何とかなるけれど、その後に仕事が見つからないかもしれないし。家族のその後もどうなるか分からない。その影響って良くも悪くも何年も続くかもしれない。

一方で批判される行動をしながら、もう一方では誰かにとって必要な行動をしているんだな、と思いました。頭では前からわかっていた事ですが、そういう人が目の前にいると実感しやすくて、私達の世界はひとりひとり関連がないように見えても社会のサイクルの中で繋がっているよね、と。

 

まさに感染病の影響で生活が変わったんだから、周りと関連しながら生きてるのをある意味では強く実感できるのに、他の面ではなかなか実感できないものなのでしょうか。

日々の生活に追われてそんなこと気にしてられないよ、というのが一般的なのかな。

 

誰もいないホテル、あの静けさが贅沢に感じられたのでまた行ってみたいですが

同じ状況はもう二度と味わえない気がします。

 

では~

またブログにお越しいただけると嬉しいです。

 

アデー♡

 

 

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誰もいないホテルへ その①

昨日は外でピクニックができるほど暖かかったのに、今日は朝起きたらまた雪が降っていました。今も降り続けています。

 

しとしと... クリスマスはとっくに過ぎ去ったのに、クリスマスを思い出してしまいます。この寒さが過ぎたら春が始まるのでしょうか。晴れたり降ったり、春のお天気です。

 

この雪を見て、思い出しました。去年のスキーシーズンが始まった位に雪のある所へ行った事です。スイスの我が家の近くでも少し降っていましたが、家から電車で数時間の場所へある、スキー場近くの街では雪が綺麗に積もるだろう、と聞いて三泊四日ほど滞在する事にしました。

 

まだ、繁盛期ではなかったので、平日にスイス鉄道の一等車に乗ると車両はガラガラでした。実際の所、スイスで混んでいる、というのはあまり経験した事がないので(ドイツ比、日本比)だいたいスペースが開いているのでガラガラ、と言っても特別驚くほどではなかったです。もちろん私見ですが。

 

ホテル予約をしたときは、私たちが滞在する時期には雪がもっと降り始めますよ、位の予報だったのに出発した日に信じられないほど降り始めてしまい、最初に乗っていた電車は目的地まで走ってくれたのですが、乗り換えて乗るはずだった電車は雪の重みで線路に木が倒れてしまったので、走れなくなってしまいました。

 

横殴りの雪が降る中、乗り換え駅の外に出て駅員さんに聞きました、どこへ行けばいいですか?と。代替えバスがあるからそれに乗って下さい、と言われました。

このバスに乗ったら本当に目的地へ着きますか?と聞いたところ『分かりません。できることはやってみます。』と言われました...

 

本音だったんでしょうけども、、雪に慣れた駅員さんが言う位のコメントだ...大丈夫だろうかと思いつつ代替えバスに乗り込みました。最初の電車がガラガラだったのがウソの様に、バスの中は満員になりました。コロナ対策の距離感維持なんて無理だな、これは、と思いました。

 

距離感を保つために一等車を予約したのに、結局こんな展開になるなら意味なかったな、と思いつつ、大雪になる日に移動しようっていうんだから、そりゃこういう事にもなるわな..と思いました。

 

バスは運転手さんと、スイス鉄道のおえらい方なのかスキンヘッドに真っ黒のスーツを着た男性がおられて、指揮をとられてるようでした。この方が昨年までスイスの大統領をしていたアランベルセ氏に似ていました。

https://c.nau.ch/i/4wM98zKWAGgxLv63oYQ5OWYJynqX1rNVRDmkOa2B/680/alain-berset-coronavirus.webp

引用元:

Corona-Skeptiker beschimpfen Berset am ZFF als «Volksverräter»

 

まず最初にその方が乗客に向かって、『みなさん、こんにちは。スイスドイツ語が分かる人は?』と聞いて、乗客が『はい、スイスドイツ語で大丈夫です。』と答えていました。

そこから説明で、最終目的地の○○へ向かいますが、▼▼までこのバスが行って、そこで別の電車に乗り換えてもらいます、と言われました。その後、バスが走りだしました。

 

雪がどんどん降ってくる...まだ駅近くの街の間を走っている時は良かったのですが、どんどんうねり道の山道を上へ上へと登っていくと、山の高さに比例して、もしこのバスが滑って山から落っこちたらどうしよう、という恐怖心が湧いてきました。

どうしよう...怖い... と思いつつ、アランベルセ元大統領に似ている指揮官を見ては、彼の堂々とした姿を確認して安心し、大丈夫、あの人がケロっとしてるから大丈夫なはず、、と思いつつ...え?これどこまで上がって行くんですか、どこまでこの道は蛇行し続けるんですか?と静かに不安になっていました。

 

薄暗いなりにもまだ夕方で白っぽかった空の色が、夜になるにつれてどんどん暗くなってきました。バスのライトで照らされた手前の道は雪が降っているのがよく見えましたが、普通座席の窓からはもう真っ暗な木々の生い茂った山の中しか見えなくなりました。それでもどんどん雪が降ってきているのが分かりました。除雪車が対向車としてやってきた時は、道幅がないのでバスもバックして除雪車を先に通して、その後に来る車も端へよけて。それも大雪の降る中、バスの運転手さんとスイス元大統領似の指揮官が降りて、対向車によけ方を指示していました。

 

バスの運転手さんの綺麗な制服(ベスト)が濡れていました...

指揮官のスーツも雪でもちろん濡れていました...仕事とは言え大変だ、、こんな雪の中、乗客を送り届ける為に例外業務に対応だなんて、頭が上がりません。この人たち、今日は家に帰れるのだろうか。電車が走らないなら駅宿舎で寝るのだろうか、と思ったり。家族は心配していないだろうか、と思ったり。

 

はらはらしながらも、予定時間を大幅に過ぎ、乗り換え予定だった▼▼にやっとバスが到着しました。そして分かった事ですが、なんとそこからの電車も大雪で線路が塞がれて走れない、とのこと。一体どうなるのかと思っていたら、バスがそのまま最終目的地まで何とか走ります、というので一瞬車内が『おお!』とどよめきました。

 

その乗換駅▼▼では若いお母さんと小さな男の子が来る予定だけど来れなくなった電車を待っていました。駅、と言っても木造りの可愛い一軒家の様な駅舎なので、何もなくて寒かったと思います。指揮官がその親子を迎えに行って、彼らも私たちのバスに乗り込みました。他人事ながらちょっとほっとしました。指揮官に見つけてもらえてよかったね...あんなところで立ち往生したら大変なことになってただろうから。

 

バスは引き続き走り続け、何とか最終目的地に到着しました。

乗客の私たちは、思わず感極まって拍手して感謝の言葉を述べました。

妙な一体感が生まれていたと思います。そして、スイス元大統領似の指揮官の事は私の頭の中では途中から完全に本物の元大統領扱いになっていて、彼とこの数時間一緒にバスの中で生き延びた様な気持ちなっていました笑

 

仕事なんだからやって当たり前だろ、と言ったらそれまでなのかもしれませんが、あんな大雪の中私たちを安全に送り届けてくれたことに感謝しかありません。

私は車も運転できないし、ましてバスなんて...と普段思っているので余計に大げさに感謝してしまうのかもしれません。自分のできない事をしてくれる人がいて、私の生活は成り立っているので。

 

長くなってしまったので、タイトルの誰もいないホテルへの話はその②で書きたいと思います。

 

では~

 

アデー♡

 

 

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電子ケトルオーケストラとスイスの宗教改革

去年の秋ごろに電子ケトルオーケストラの演奏を聞きにいきました。

名前の通り、電子ケトルが音を奏でます。そしていきなり、うちの電子ケトル話ですが、カルキのつまりが酷くて、お湯を沸騰させると雅楽のような音がするので、お湯を沸かしているだけなのに神社を思い出す、というしろものです。

 

それゆえ、電子ケトル=雅楽、というイメージを持ったまま、チューリッヒのWasserkircheという教会へ演奏を聞きに行きました。

Wasser=水ですので、水の教会か...どこかで聞いた事があるぞと思ったら、以前見たスイスの宗教改革映画に出てきた教会でした。

 

ドイツで宗教改革と言えばマルティン・ルターですが、スイスでは宗教改革と言えばフルドリッヒ・ツヴィングリ、だそうです。その人物が主役のZWINGLIと言う映画を見ました。トレイラーはこちら↓

youtu.be

 

今は陸地の上にある教会なのですが、当時は水上(島の上)にあったようで水の教会、という名前になったのかもしれません。以前、この教会の歴史について読んでみよう、と教会のサイトに行く前にちらっとWikipediaを見たのですが、いやいや、いつもWikipedia情報を信用するのはまずいだろう、せめて本家の記す歴史を読まないといけないでしょう、と思って本家の方をのぞいたら、なんと『詳細はWikipediaを見てね♡』とリンクが貼られていたので驚きました...そういうのもアリなんですね、、

オーケストラ演奏を聞くために、教会に入って天井を見たらチューリッヒ州の州旗が描かれているのが見えました。

白と水色の二色のシンプルなものです。どんな旗模様なのかは以下の貼り付けたリンクでちらっと見れます。

www.zh.ch

 

先ほどの映画を見ていて驚いたのですが、このチューリッヒ州にある教会が主な活動の場となっていたのでツヴィングリはチューリッヒを代表するものとしてこの州旗と同じ模様を掲げていました。1500年代の話なので、まさかそんな時代からこの紋章?模様を使ってたの?と疑問に思い、以前調べてみましたが、本当にそれほど歴史の長い模様のようです。

 

その天井の州旗を見て驚きながら、しばし待ったところ電子ケトルの演奏が始まりました。たぶん100個以上のSeverin社の黒のケトルが順番に沸騰して、蓋を開けたり、と音を奏でるのですが、高低差のある音ではなくて、電子ケトルが沸騰するときのあのままの音の重なりでした。うっかり、うちの電子ケトルの雅楽風なダイナミックさをイメージしてしまっていたので、少し物足りなさは感じました。でもどれも新しいケトルだろうし、カルキは詰まってないだろうし、あのシンプルな音が出てくるのが自然なのだと思います。ちなみにうちのケトルは何度もカルキ抜きはしていますが、うちの地域のカルキ濃度が濃いらしく完全な排除はできないそうです...涙

 

音を聞きに行って良かった、というよりは大量のケトルから出てくる沸騰した蒸気をぼんやり見ていると、心が安らぎました笑 それが製作者の本来の目的かどうかは不明ですが…

 

話は宗教改革の映画に戻ります。ドイツのドラマに出てくる俳優さんも出ていて、この人実はスイスの人だったのね、的な驚きはありました。また、グロースミュンスターという水の教会の近くにある有名な教会の形が今と違っていたので、調べた所、グロースミュンスターも何度も改築してその後、今の形になったようです。

 

ツヴィングリは道半ばにして戦に敗れ亡くなったので、ドイツのルターほどは有名ではないそうですが、スイスではもちろん重要な役割を果たした人です。今の私たちの生活にも当然のこと絶大な影響を及ぼしていると思います。宗教改革が無ければスイスの歴史は大きく変わっていて、恐らく私は今外国人としてスイスには居ないと思います。

 

ツヴィングリに関するアニメーションもあるので、もしご興味のある方は見てみてください。子供向けだと思うのですが大人にも分かりやすくて良いと思います。

ドイツ語 (スイスドイツ語アクセント強め)

www.youtube.com

 

フランス語

Toujours ces Zwingli! - YouTube

 

イタリア語字幕付き

«Immer diese Zwinglis!» mit italienischen Untertiteln - YouTube

 

英語

These darn Zwinglis! - YouTube

 

なぜか中国語バージョンも...

讨厌的慈运理一家(w sub) - YouTube

 

では~

またブログにお越しいただけると嬉しいです。

 

アデー♡

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謎のドイツ語:トゥートアンヒアムーン

私の言った事が伝わらず、相手の言ってる事もよく分からない、という事がここ最近ありました。何となくで話してるから余計に分からないままで、でも何となく通じてるからまあいっか、と思ってたのですが、その事について4度話した後に気づきました。

同じ事について話しているけれど、呼び方が違う...

 

それは…

 

ツタンカーメン(日本語)とトゥートアンヒアムーン(ドイツ語)

 

こちらでツタンカーメン展が今催されているのですが、その展示を見に行きたい、と思って『ツタンカーメン展を見に行きたいんだけども。』とドイツ語っぽくツタンカーメンと発音して伝えてみたら、全く伝わらないので、『エジプトのミイラとか発掘されたものの展示が見たいのよ。』と説明したら伝わったので、そのままにしてまた別の際に『ツタンカーメン展いつ見に行く?』と聞いたら、また伝わりませんでした。

 

うーん、ツタンカーメン、歴史の授業で習わなかったのかしら。

歴史の授業じゃなくても相当有名だと思うんだけど、そもそもエジプトに行った事があるのに、こんな有名なものも知らないのかしらん、とちょっと思っていました。

 

そして、今度は展示のカタログをもらってきて見せたら『あー ムニャムニャあんひゃー何とか、の事か~』と言われて、『はて?』と思ったけどスルーしました。

 

四度目にその話題をだした時に、もしやドイツ語ではツタンカーメンと発音しない?と思ったので、ちょっとドイツ語でこのカタログにかいてあるTutanchamenを読んでみて、と言ったら『トゥートアンヒアムーン』と発音されました。

 

ふむ、、長い間ドイツ語発音と日本語発音が違うという事に気づかなかったようだわ、と。

 

なぜ日本語ではツタンカーメン読みなのか調べたら、このようなサイトを見つけました。気になる方はリンクをご覧ください。

 

www.egypt-shirabetemita.com

それでは、なぜ日本ではツタンカーメンと呼ぶのかというと、英語から入ってきた呼称だからのようです。英語だと「Tutankhamun」とつづります。

英語の発音をできるだけ音に忠実にカタカナにすると、「トゥー・タン・カームーン」となります。つまり、次のように変化していったわけです。

「トゥト・アンク・アムン」

「トゥー・タン・カームーン」

ツタンカーメン

こうして順を追ってみると、ある程度は納得できそうです。

 

 引用元:

ツタンカーメンは英語読み?現在のエジプト人はそんなふうには呼んでいない │ エジプトについて調べてみた

 

こちらのサイトの説明によると、英語読みを日本語読みにしたようです。

ドイツ語読みが現地読みに近いのかどうかもいまいちよく分かりませんが、日本語との違いがどこで生まれたのかは分かりました。

 

これ以外にも、自分の使っているカタカナ日本語がドイツ語になると『はて?何だか変だな。』と思ってしまうものがいくつかあります。

 

エコー → エヒョー/Echo (ヒョーが可愛い、、という印象

ミニチュア → ミニアチューア/Miniatur (変な所にアが入るな、、という印象

サイレン → ジレーネ/Sirene (いきなりドイツ語の女性名っぽい、、という印象

 

まだまだあるのですが、とりあえずこの辺で。

 

ドイツ語の中に英語っぽいもの、というか英語由来のものも多いので、ドイツ語の表現が分からない時に英語をドイツ語っぽく言ったら通じるかな、と思って試した事が何度かあります。

 

クレソンを育てていた時に、発芽する、とドイツ語で言いたかったのですが何て言うか分からなくて身振り手振りとつたない表現で試してみたのですが、伝わりませんでした。英語でgeminationと言うのは知っていたので、それをドイツ語発音っぽく、もしかしてゲミナティオーん?と聞いてみたけど通じませんでした。

 

後で調べたらkeimenカイメンだったので、英語と全然違うやん...となりましたが。

不思議だったのが、出てきたクレソンの芽を見て『見て見て!Keimeだよ!』と私は言ってたので、どこかの時点で『芽』の事をKeimeと呼ぶのは学んでいたようです。これはたぶん日常生活で自然と学んだ単語で、勉強して覚えたものではないと思います。でも発芽は何というか知らなかった、というかkeimenカイメンと言われてざっくり内容だけ理解していたもよう。でもKeimeが何名詞なのかは知らないので、もしかしたら詳細をつつくと理解が間違っているのかもしれません。

 

以上、新しいドイツ語単語を学んだ話でした。

 

ツタンカーメン展は4月20日までチューリッヒで催行中ですので、ご興味のある方はどうぞ。リンクはこちら: 

Die große Erlebnisausstellung – TUTANCHAMUN – SEIN GRAB UND DIE SCHÄTZE

 

このトレーラーのナレーションの最後にドイツ語でトートアンヒアムーンと発音されてるのが聞けます。

www.youtube.com

 

では~

 

アデー♡

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控えめに言って...最高

仕事は在勤と出勤を自由に混ぜつつ行っているのですが、勤務開始時間も退勤時間も自由に決められるので、最の高!というテンションで働いています。

 

職場では、コロナの影響で在勤できるところは在勤せよ、と義務付けられているので4階建て自社ビルの3階のフロアに私の部署と他部署の人々が一部いる位で、あとはガランとしています。

 

1階、2階、4階のフロアはガラガラです。

うちのフロアだけ一部ひしめき合ってますが…

 

そこで思った事ですが、以前はこのビルに人がみっちり入っていたよね...今思うと満ち満ちだったよね...と。信じられない!あんな距離感で人がひしめき合ってたなんて!と例の疫病後の人との距離感に慣れてしまった今では、以前の満ちていた職場の様子が信じられません。

 

未だ同僚の仕事の引継ぎをしていて、そのために同僚の近くへ行って業務内容を聞くのですが、以前だったらもうちょっと近くに座ったりしていたのも、今ではすこし距離を開けて、一歩下がって、という距離感で聞いています。

 

そこで思った事ですが、この距離感の方が私には良い。。

以前はそんなに嫌だと思った事はなかったのに、ハグしたりビズする文化の距離感にほとほと疲れていたのか、アレルギーの様にある程度の我慢、が積み重なって、もう無理!となっていたみたいです。それに気付かず、こちらの文化だから仕方ない...と思ってたのを今は強制的に距離を開けなさいと言われてほっとしています。

 

以前は誕生日の人はケーキを持ってきたり、関わりのよくある隣の部署ではデコレーションしたりシャンパン飲んだり(勤務中の飲酒はありなのか?)、風船まであったり。。そしてそこに参加しないといけない、というのがめでたい反面、ちょっとこの距離感辛い...と思っていました。

 

それが...今はありません!だってほぼ皆、在宅勤務なんですもの。

正直、顔を見て交流するわけじゃないので、誰がいて誰がいないのかいまいちわかっていません。

 

私は以前の職場に戻ってきたので、本来ならば人がひしめき合ったオフィスに入って、顔見知りの同僚ひとりひとりに挨拶をしにいくのだと思いますが、うちの部署の人以外はビルの中にいないので、電話かメールかでのやりとりで、『いや〜出戻りしましたー!』と言っても、去年のロックダウンから1年間ずっと在勤の人もかなりいるようで、私がいなくなってもいても、直接顔を見ないのなら実感が湧かなさそうだと思いました。

 

それでも私が戻ってきたのを喜んでくれるひともチラホラいたりして、喜んで電話をかけてきてくれたり。でもその人も1年ずっと在勤らしく、もともと会社に来るのがメンドクサイと思ってたようで、コロナが治まるまでは出勤しない、という事は2度と出勤なんてしない!と豪語していました。そうなると、今まで毎日顔を合わせていたのに、これからは顔を見ることもなく、でも同僚、という。不思議ですね。

 

でも毎日やりとりしているドイツのグループ会社の人も、電話とメールでのやりとりで知ってはいるけど、よく考えたら顔を見たことがないし、実際に会ったことがないので、仕事相手の距離感が同僚でもそうなっていく、と思ってしまえばいいのかな。。

新しい時代の新しい働き方、なのでしょうか。

 

前は在勤したい時は上司に明日は家で仕事していいか?と聞きにいったりしていましたが、今は在勤義務の令が出ているので、同僚は朝一に家から『今日は在勤します。』とか『今週はずっと家から働きます。』とメールを送ってきて働く場所を報告してきます。

 

全てが治まっても、これくらい自由に働けるままだといいなと思います。

今のうちに癖付けておけば、自然な働き方になりますよね。

 

退勤時間はだいたいお昼すぎかおやつ時間位にしてるので、家で働く時は明るい時間なので外に散歩に出かけたりして日差しを楽しんで、職場から帰る時はキラキラと輝くチューリッヒ湖と電車と同じ方向に向かって飛ぶ、鳥の群れなどを見て帰っています。

電車の中も空いている時間なので、のんびりとできます。

えっと..なので、、控えめに言って...最高!という一文が勝手に頭に浮かぶほど最の高です。

 

戻ってくる前は嫌で嫌で仕方なかったのに、戻ってくると職場の雰囲気は変わっているし、働きやすくなってるし、労働条件も自分の好きなようにさせてもらってるので最っ高です。お給料も冗談をふっかけた金額なので、今日のこのアホみたいな働きっぷりでもこんなお駄賃いただけるなんて...嘘でしょ、うそん! あはは~ さいこうじゃー!というテンションになります。今の目標はこの妙なテンションに慣れることなく、維持することです。変なテンションですが感謝できるので、ありがたみは維持したい。

 

人生、何があるか分かりませんね。

辞めた時はこんな風に思う日がくるなんて思いもしませんでした。

 

控えめに言って、さいこう。うふふ。

 

では~

またブログにお越しいただけると嬉しいです。

 

アデー♡

 

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